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  とにかくウィスラー好き!という人たちが、ブロガーとして登場、テーマはいろいろ。コメントでいろいろ質問してみてください。

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夏スキーがはじまったよ。
今年も6月19日から夏スキーがはじまりました。

ビレッジは半そで半ズボンでも十分OKでしたが、山はジャケットが絶対に必要でした。

ご覧のようにランデブーの前も残雪がたっぷり。



残雪がとても多い年なので、今年の夏スキーは結構お得なんじゃないかな?

マウンテンエクスプレスで7thヘブンまで移動すると、7thヘブンの乗り場まで滑ってきている人もいました。


7thの乗っている間にも何人かのライダーたちが7thのリフトに向かって滑っていて、春のコーンスノー状態で、シュプールがしっかり刻まれていました。
なんだか春のヘリスキー状態。


氷河エリアはパブリックの時間帯でも結構混んでいて、週末は人気な雰囲気でした。


昨年の氷河エリアは、カナダや日本のモーグルチームが練習していて、今思うと、この氷河エリアから何人ものメダリストが出たんだなあって思う。


さて、明日からファーマーズ・マーケットもはじまるブラッコム山の麓。

ファミリーのためのアドベンチャーゾーンになっていていろいろなアトラクションがあって、子供たちの歓声が響き渡っていました。


これ、小さい女の子だったけれど、とてもうれしそうに空中に飛び上がっていました。怖いとかそういう感覚はまったくなさそう。

さすがです。


電気自動車のゴーカートもあって、衝突したりしながら何週もラップを重ねていました。


夏のウィスラー、ホントに楽しいですよ。
天気の良い二日間。
昨日と今日と、とても天気の良いウィスラー。


気温は21度だったけれど、早速湖ではビキニのおネイちゃんたちが寝そべっていた。


この6月は雨ばかりで、雪解けが進まないので、ウィスラー山のハイキングコースはまだまだクローズド。

でもチャカムスレイクのハイキングコースは完全にオープンしているので、今日もたくさんの人たちがハイキングを楽しんでいた。

遠くに見える山々が、完全に雪を頂いているので、景色が素晴らしいです。



ウィスラーはMTBでは、世界的にも知られていて、日本からも何人もの人がMTBだけのためにもやってくるようになった。

だけれど最近とみに知られるようになってきているのが、フリークライミング。
お隣スコーミッシュには昨年日本の平山裕二が来たそうだけれど、毎年何人もの日本のクライマーたちがスコーミッシュには来ているそうだ。

ついでではないだろうけれど、ウィスラーにも来て、登り始めている人を少しづつだけれど見かけるようになってきている。


天気が良くて気持ちの良いこの二日間。
6月らしい涼しさと暑さ。


みんな、アウトドアをたくさん楽しもう!!
ホワイトシーズン終了。
昨日でついに今シーズンのウィスラー終了。

冬のシーズンと春のシーズン。合わせてホワイトシーズン。




これからは本格的なグリーンシーズン。
でも6月19日からは夏スキーもオープンするので、スキーシーズンとしてはまだまだ続く…。



今年は結局雪も多くてとてもよいシーズンだったと思う。
僕は116日滑走。オリンピック期間中滑れなかったので、その分春にまとめて滑走。
かつて“ゲレンデの貴公子”と言われた石井俊一元デモのかたに10日ぐらい教えていただいた。

この春は例年にないぐらい充実したスキーのできた春だった。

ところで昨日の最終日は、面白い格好をしたカナディアンたちでゲレンデがにぎわった。

昼過ぎにはどんどんレストランの前に集結。


80年代風あり、アニメ?あり、動物シリーズあり。




なんでもありだったので、普通にレースの格好をしているキッズたちもその中に巻き込まれるとまるで一員のようだった。


最後は大団円って言う感じで今シーズン終了、ハッピーエンドっていう感じだった。


これからはMTBか?
とりあえず今年初めてグリーンレイクループを走ってきた。


ここは持久的な力の必要なベーシックなコースで僕の好きなコース。
今年初めてだったけれど気持ちよく走れた。

MTBというとダウンヒルがトレンドだけれど、僕は基本のクロスカントリー。
あとはクライミングも今年は多くしたいなって思っている。


これからのグリーンシーズン、みんな楽しみましょう。
ホースバック・アーチェリー。
Mtカリー村にホースバック・アーチェリーの競技を見に行った。



この人YouTubeに出てくるパーフェクトショットの人に似ている野武士の風貌を持つ人。もしかしてワールドチャンピオン???



女性の選手もいましたよ。




後ろ向きにも矢を放つ。


こんなこと身近でやっていたんですね。


Tシャツはハイチ製。
昨日のカナダの新聞のトップ記事にハイチの地震から100日が経過したという記事が載っていた。

日本からも自衛隊の人たちが救援活動に行っている。
また、日本のミュージシャンの中にもハイチ救援の活動をしているグループもあると聞く。

カナダの現総督はハイチからの移民のミハイルさんであることは、カナダではよく知られた事実。
オリンピック開幕直前にハイチを襲った地震のことやリュージュで亡くなった選手のことなどは、オリンピックの開会式のときに語られていた。

先日、ひょんなことからパラリンピックのTシャツがハイチ製だということを知った。


(スマイルギフトより)



インターネットで検索したら、ハイチ製のTシャツはアメリカなどでも売られているらしく、いくつか検索に引っかかってきたが、パラリンピックのTシャツとの関連性は見つけられなかった。

地震のある前からハイチにTシャツを頼んだものか、地震があった後に頼んだものかはちょっと分からなかった。

でも、ハイチ製のTシャツがウィスラーで売られているのは事実。


ちょっと考えさせられることだった。


話は変わるが、TWSSFの最中のウィスラー。4月24日は雪降りそうですよ〜。
消えた景観とよみがえる景観。
オリンピックとパラリンピックが終わり、いつもの4月に戻ってきたウィスラー。

今年の降雪量は観測史上3番目に多い降雪量だそうで、4月なのにまだまだ素晴らしい新雪がすべれるウィスラーです。

ところで、オリンピック期間中、消えていた景観が元に戻って来そうです。

この写真は1月に撮ったもの。


SEA2SKY HWY、オリンピックに向けた工事の難所だったところ。なにやら線路をアスファルトで埋めていました。

ここは元々は海と線路と道路と崖が隣り合っていた世界でも珍しい場所だった。


写真のように2000年の北米道路マップの表紙にもなっていたところ。

海と汽車と車と崖の写真も撮られていたところだ。


線路が埋め立てられて、この景観はもう見られないのかなあってっ残念に思っていた。


オリンピック期間中はこの線路を埋め立てて、朝夕は汽車が走り、昼間の時間は車が走るという、汽車と車の共有レーンになっていた。
なんだか路面電車みたいだが、オリンピック期間中の苦肉の策だったんだと思う。



写真は線路の上を走る車から。走っているときに線路に乗ると滑って仕方なかった。


ところが4月6日にたまたま通りがかったところ、ユンボが線路を埋め立てたアスファルトを剥がしていた。


そしてこの場所を無理やり3斜線に区切っていたコンクリートブロックも取り払われつつあった。

たぶんもうすぐ元通りの景観に戻るんじゃないかな?



夏にはウィスラーマウンテニア号と車が併走する姿。海と青空と隣り合う崖の珍しい景観を再び見ることができそうだ。



今回のオリンピックで使用されていた建物の多くは、市民の利用に使われるか取り壊されて元通りの姿に戻るのだそうだ。

僕はオリンピックの痕跡は、僕らの心の中と、ほんの少しの建物や記念碑として残されるだけでいいなって思う。


これ見よがしにオリンピックの跡地を残すのではなく、取り壊して元通りにしておくって言う姿勢は健全でいいなって思う。


それにしても今年の2月3月はすごかった。僕としてはパラリンピック時にウィスラーが中心地になったので、パラリンピックのほうが記憶に残っている。


ひさしぶりのハイパートークでした。


グランドフィナーレ
2月12日から始まったオリンピックは大盛況の内2月末に終了、続いて3月13日から開催されたパラリンピックも22日の閉会式で終了しました。閉会式開始直前に土砂降りになってどうなるかと思いましたが、その後小振りになり最後まで無事に行われました。。

日本チームはパラリンピックでは金3、銀3、銅5の合計11個のメダルを獲得しました。ウィスラーファンブログで2年前のちょうど今頃のブログで紹介したパラノルディックの大会から応援してきた新田佳浩選手が金メダル、太田渉子選手が銀メダルの快挙です。

さらにスレッジホッケーの主将、遠藤隆行と、これまた上のブログで紹介したColette Bourgonje選手がファン・ヨン・デ功績賞を受賞しました。

Colette選手はアルベールビル、リレハンメル、長野、ソルトレイクシティ、トリノ、そしてバンクーバーと6回連続パラリンピック出場です。この2年前の大会のときに新田選手がSitskiの選手は肩に負担がかかるから長く競技者としてやっていくのはとても大変なんだという話を思い出しました。

旗がロシアの代表の方に渡されます


そして「カナダで一番」との前評判だった花火


日本選手のみなさま、そしてニッポンマンも本当におつかれさまでした。
浅田真央VSキム・ヨナ
日本にとって今回のオリンピックの最大の見所はやはりスキージャンプとフィギュアだったでしょう。昨日の女子フリースタイルでは注目の韓国キム・ヨナと浅田真央の直接対決がありました。詳細はさまざまなニュースで散々報道されていると思うので、個人的な感想を書きます。

滑りに関しては、やはりキム・ヨナが上手(うわて)だったと思います。ショートプログラムのときは浅田選手が先攻で、続くキム選手にプレッシャーを与える立場でしたが、見事にそれをはね除けてリードを奪いました。そして今回、フリースタイルでは見事に滑りきり、大きなプレッシャーを与える側に回りました。

表彰台での浅田選手の悔しそうな表情が印象的でした。金を取れる実力があるだけに金でなかった悔しさはとてつもなく大きいことでしょう。この悔しさを次回2014年のソチオリンピックにつないで欲しい。直後のインタビューで、本当に長かった、そして後であっという間だったと言っていましたが本当にそういう感覚だったのでしょう。巨大なプレッシャーの中よく滑りきりました。

安藤選手も鈴木選手も実力を出し切っていたと思います。特に鈴木選手は滑走後の笑顔が、その場を楽しんだという顔でした。

滑りで印象に残ったのは4位となったアメリカ代表の長洲未来。伸びやかに楽しんで滑っているように見えました。名前から想像していた通り、調べてみたら日本人の両親を持つアメリカ生まれの現在16歳。今後が楽しみなスケーターです。カナダのジョアンナ・ロシェットは少し精彩を欠いているようにも見えましたが、メダルを取れてよかった。

いろいろなドラマがあって、楽しませてもらいました。

動画でみる「1987年ブラッコムのCM」
おもしろいビデオを発見しました。
1987年のブラッコムのテレビCMです。

当時、ウィスラー・ブラッコムはそれぞれの山が別々に運営されていました。互いにライバル意識を燃やしながら、スキーリゾートとしての規模をどんどん拡張していった話はとても有名です。両山が一つのスキーリゾートとして統合したのは、1997年のこと、その時に世界トップレベルの規模と充実を誇るスキーリゾートが誕生したのです。




ブラッコム♪
ジャンプ団体5位
今日は予報ではおそらく今回のオリンピック最後の快晴の中、スキージャンプ団体が行われました。朝9時5分に観客席に太陽が当たるまでは-1度で、昨年同時期のジャンプ大会が連日-20度だったことを考えると見ている側にとってはかなり恵まれたコンディションでしょう。日が差し込んだ瞬間から気温はどんどん上がります。

試技はその名の通り各チーム様子見と練習で、本当の実力は見えないとはいいつつも、やはり上位チームは常に安定しいます。本番一本目では全12チームが8チームに絞り込まれるところ、日本は5位で通過。下にはポーランド、チェコ、スロベニアが続きます。トップは当然のようにオーストリア。

団体の面白さというのは、一人だけずば抜けた選手がいても勝てないところです。ツブの揃った実力の持ち主が4人そろって初めて勝てるのです。そういう意味で、スキージャンプ界のショーンホワイトのようなシモン・アマンを擁するスイスでさえ、4人のジャンパーがいないという状況。個人では2,3,4,5位を独占する実力のオーストリアの金は揺るぎないものでした。

日本チームのジャンプは決して悪くなかったと思います。全ジャンパーがきちんと実力を出し切れて、飛距離もポイントも十分出たと感じました。しかしながら上位勢の圧倒的な力に屈したという感じです。

日本チームのみなさま、本当にお疲れさまでした。

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